お久しぶりの更新になりました。

皆さまいかがお過ごしでしょうか?

私は、ここに至るまでの壮絶な追求が漸く終わりました。

susuki

施術とは、どういうものか?

人を改善するとはどういうことか?

手技の限界はどこか?

人間の見えないエネルギーとは、何か?

施術家は、最後はどういう境地に至るか?


長い長い旅を終え、全てが一環する答えに至りました。

実年齢は、まだまだ若輩ではありますが、この世界の時間軸は

その人間が単位時間あたりにどれだけ濃く

意識を発揮するかによって得られる時間は異なります。

私は、まるで生きている間に、一つの人生を終えたような

気がします。


さて、「答え」と言いますと、一般的には一言で

言葉にできると思われるかもしれませんが、

本当の答えというのは「環」の形をしています。

一言ではなくて「一環」
なのです。


施術を追求すると、最後は何に行きつくと思いますか?


奇跡を信じて手技を追求すれば、

人間の手は、どこまでのことができると思いますか?


社会に置いて、人は何によって動かされているか?

そして、何に向かって生きていると思いますか?


これらの答えの追求を、私は完結致しました。

肉体がある内は、これは完結しないと思ってました。


私は、これから縁のあるクライアントや、

また、縁のある手技療法家、施術家の皆さんにだけ

これらのことをお伝えできるのだと思います。

僕は、本気で人を改善したい治療家や施術家や
セラピストに講座を行っている。
 
東京のサロンには、最近、新潟、千葉、栃木、愛媛など
都外からわざわざ学びに来られる先生が目立ちます。
 
これらの方、たまたまHPを拝見されて、
会ったことも無いのに東京まで足を運ばれている。
そういう先生達の「嗅覚」は、すごいと思う。
 
今日、クライアントさんと話したことですが
学びと言うのは、自分の経験則で得られることもあるが、
「人に教わらないと決して学べないこと」がある。
 
もし、全てのことを個人の経験則で学べるなら
他人なんて必要ない。
しかし、これだけ他人と共存している世界において
そんなことがあるはずがない。僕はそう思う。
 
だからこそ、教える側の人間は、
経験則で学べることよりも、
「これは人(自分)に教わることでしか
 学べないであろうこと」を教えるべきである。
 
だからこそ「私」に学ぶ「価値」があり、
教える人間として教壇に立てる。
 
その上で、相手には、私に教わることでしか
経験しなかったであろう「その先の経験」
を付与する。優れた講師は、そのようにして
「先回りした経験を付帯する」ものである。
 
その結果、一人の人間が、
この先、10年かかるかもしれないことを
1年や2年に縮めることに努める(ことになる)。
 
なぜ、そのようなことをするのか?
結果論ですが、教える相手は元より
総論として、世の中が良くなるからじゃ
ないでしょうか。
 
1人の人間が伸びることで、その周囲の人間や
または地域は、10年早く良い影響を得られるかも
しれず、何かしらのトラブルを回避できるかもしれない。
 
地球上の人間の影響は多大で、
人間のサジ加減で、自然や動植物は
あらゆる影響を受けるでしょう。
 
ならば、人間が成長すれば、世の中は
良くなるんじゃないでしょうか。
 
それくらいのことを描くからこそ
人に熱意を持って教えることが
できるのだと思う。

こんにちは、本日からお盆休みの帰省ラッシュでしょうか。

本日、8月13日(水)22時~「ふたこわたるさん」のねとらじ、

「蝶のはばたき」に出演させて頂きます。

 

お盆の夜にふたこさんと熱いトーク、


とても楽しみです。


視聴はこちらから↓ 

http://therapist-jp.com/modules/d3forum4/index.php?topic_id=284

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