僕は、本気で人を改善したい治療家や施術家や
セラピストに講座を行っている。
 
東京のサロンには、最近、新潟、千葉、栃木、愛媛など
都外からわざわざ学びに来られる先生が目立ちます。
 
これらの方、たまたまHPを拝見されて、
会ったことも無いのに東京まで足を運ばれている。
そういう先生達の「嗅覚」は、すごいと思う。
 
今日、クライアントさんと話したことですが
学びと言うのは、自分の経験則で得られることもあるが、
「人に教わらないと決して学べないこと」がある。
 
もし、全てのことを個人の経験則で学べるなら
他人なんて必要ない。
しかし、これだけ他人と共存している世界において
そんなことがあるはずがない。僕はそう思う。
 
だからこそ、教える側の人間は、
経験則で学べることよりも、
「これは人(自分)に教わることでしか
 学べないであろうこと」を教えるべきである。
 
だからこそ「私」に学ぶ「価値」があり、
教える人間として教壇に立てる。
 
その上で、相手には、私に教わることでしか
経験しなかったであろう「その先の経験」
を付与する。優れた講師は、そのようにして
「先回りした経験を付帯する」ものである。
 
その結果、一人の人間が、
この先、10年かかるかもしれないことを
1年や2年に縮めることに努める(ことになる)。
 
なぜ、そのようなことをするのか?
結果論ですが、教える相手は元より
総論として、世の中が良くなるからじゃ
ないでしょうか。
 
1人の人間が伸びることで、その周囲の人間や
または地域は、10年早く良い影響を得られるかも
しれず、何かしらのトラブルを回避できるかもしれない。
 
地球上の人間の影響は多大で、
人間のサジ加減で、自然や動植物は
あらゆる影響を受けるでしょう。
 
ならば、人間が成長すれば、世の中は
良くなるんじゃないでしょうか。
 
それくらいのことを描くからこそ
人に熱意を持って教えることが
できるのだと思う。