2016年05月

◆理屈ではどうにもならない問題もエネルギーを活用すれば好転できる

・普通に考えれば「これ以上の好転は望めない状況」でエネルギーの技術は威力を発揮する

「学歴も普通、人より得意なことなんてない。今まで色々あったし、苦労もしたし努力もした。でも特に脚光を浴びることもなく、誰から注目されることもなく、まあ普通に生活してる。色々やりたいこともあるけれど、世の中の常識で考えたら・・・もう私の人生が飛躍的に変わることなんてないかもしれない。まさかそんなわけない、くよくよせずに夢を見なきゃと思うけど、ふとした時、一人になると弱気になる。・・・どこからか突然の幸運が訪れたりしないだろうか?自分の人生を変えるような出会い。自分の人生を変えるような出来事。どうしたらそう言うことが起こるのだろう?」

◆あなたに突然の幸運が訪れる方法

こんにちは、福井です。仕事上、人間の体の内側を探ってきましたが、一人の人間が秘めている力は、あなたが想像している以上にスゴイ。エネルギーがあるということは「力持ちである」というわけではありません。そう言う力ではなくて「自分が思いっきり自分を出せて生きているかどうか?」が鍵となります。自身のエネルギーが解放されているかどうかだけの話なのです。

もちろん、エネルギーって一気には出てきません。ただ、取り扱い方を知っていたら、自分のエネルギーに意識を注いでいくことによって、エネルギーの回転が徐々に大きくなり発揮されていきます。だから、私はその「エネルギーの出し方」を講座で教えているわけです。

人を見たときに、その人が自分の底力を「どれだけ出せているか?」が私にはわかります。それが「人を診てきた人間の眼力」なんです。

本人の「脳」はまだ気付いてない、けれど「エネルギーが湧きあがってきている」かどうかは、とてもよく分かります。その人が「私、これからこう言うことやろうと思うんですけど、できますかね?」と聞いてきたら、「できる!できる!できる!GOーーー!」と、すぐ言います。

でも本来、全員が「エネルギー」をきちんと持っているんです。「私、エネルギーあるでしょうか?」なんて質問は不要で「ないはずない」。

でも「出せてない人」はいる。そういう人を見ていると「自分のエネルギーが発揮されることが怖い」という感覚がある。その大きな原因は「周囲の人に何か言われたらどうしよう」という不安です。

自分のエネルギーが発揮されると、あなたはキラキラと輝き出すし、目立ちます。目立つと周囲にヒソヒソと色んなこと言われるようになるかもしれない(実際なります)。自分の内側をオープンにして、自分の意見を言った時、それに対する反論も来るかもしれない。後に詳しく記しますが、あなたがエネルギーを発揮し出すとき、それは避けては通れないプロセスです。

それらが怖いと「自分のエネルギーをほどほどに抑えよう」ということになる。「こんなこと言ったら嫌われるんじゃないか?」「こんなことしたら誤解されるんじゃないか?」その手の不安に怯える方が実に多いです。

ただ、考えてみて下さい。あなたは、そのような「自分を応援してくれない周囲の人」のために、自分の今世を丸ごと諦めていいでしょうか?あなたが選んでいるのは、自分のエネルギーをほどほどにして周囲ともうまくやろうという打算かもしれません。「なんとかうまくやっていれば、そのうち、うまく花が開くかもしれない」と思うかもしれません。しかし、あなたに突然の幸運が訪れる仕組みは、そうではないのです。

◆では、まず周囲の人とはどのように折り合いつければいいのか?

そんなことは簡単です。反論されたらどうすればいいか?嫌われたらどうしたらいいか?誤解されたらどうすればいいか?それらの答えは、私は全てエネルギーに教わりましたので後半で語ります。

「エネルギーに教わりました」とは、変な話に聞こえるかもしれませんが、「人の体に流れている(生きている)エネルギーには、一貫した習性や性質がある」のです。人は他人同士違って見えますが、根底に流れているそのエネルギーの習性や性質は「同じ」なのですね。私は人体を見ながら、そのエネルギーとずっと触れ合い研究するという稀有な人生に見舞われてきました。

さて。まず、この世界では、人と人との繋がり(縁)は「その人のエネルギーのクオリティ」によって階層が分かれています。自分のエネルギーが重ければ、重い階層に所属し、同じ階の人と繋がります。自分のエネルギーが明るければ、同様の明るさと繋がります。

注意しなければならないことは、表面的に明るく振る舞っていてもダメなのです。エネルギーは「根っこ」で判断されます。表向き明るくても、根が暗ければ、それがあなたの本当の姿になります。つまり、エネルギーにはあなたの本音が反映され、あなたの本音に相応しい状況をあなたに与えます。

エネルギーのクオリティによって繋がるのは人だけではありません。人、モノ、情報、周囲のあらゆるもの、自分のエネルギーにあった環境があなたに到来します。つまり、あなたが人生を良い方向に変えようと思うなら、あなたの体に流れるあなたのエネルギーのクオリティを根っこ(性根)から高めなければなりません。

◆エネルギーは「意識」で変化する

実はあなたのエネルギーは「あなたの意識」に反応します。よって自分の意識の高さと、自分のエネルギーの状態は連動しているのです。そこで、エネルギーを学ぶというどうなるか?あなたの意識は、あなたがエネルギーを学ぶことによって、あなたのエネルギーに注がれます。エネルギーについての学びは、あなたの意識を変える学びであり、意識が変わるからこそ、あなたのエネルギーが変わります。あなたのエネルギーが向上していくのです。

結果、どういうことが起こるかというと「今まで自分が所属していたエネルギーの層から抜け出す」現象が起こります。つまり、自分が根っこから変わるため周囲がメキメキと変わっていくのです。自分に関わる人、モノ、情報、環境が変わっていきます。これは、実際にすでに講座を受講した多くの生徒達から沢山の報告が届いています。

◆あなたに本当の幸運が訪れる

世の中には「普通に考えたら訪れないような幸運」に見舞われる数奇な人生の方がいます。あなたの人生において「今までの流れからは想像できない大きな展開」が訪れるには、頭であれこれ計算したり、常識的に理解できる巷にあふれるハウツーでは、正直「それなり」にしか叶いません。あなたが、自分の人生に対して「究極の答え」を求めた時、あなたが求める答えは、それらのハウツーには書いてないのです。

人生には、あなたにしか用意されていない宝物があります。あなただけが歩く一本道において、あなたにだけ準備された最高の宝物、それは必ずあります。そこに行き着く方法は、他の誰にも分かりません。知っているのはあなただけです。あなたは、自分の内側にあるエネルギーの根っこから宝物を掘り出すしかありません。掘り出す方法は簡単です。あなたがエネルギーを意識すれば、あなたのエネルギーは動き、そしてあなたの内側からエネルギーが立ち昇ってきます。そのようにして、あなたは「本当の幸運」を「狙って」起こすことができるのです。

◆エネルギーの層が変わるとき、周囲に起こる変化

さて、あなたがエネルギーを理解し、エネルギーに意識を注ぎ出すと何が起きるでしょうか?

例えば、もともとあなたが所属していたエネルギーの層が、雲一つなく、非常に良い場所であれば、周囲の人は、あなたがより輝いていくことに一緒になって喜んでくれることでしょう。

しかし、人生というのには、なかなか「飛び級」というものがありません。やはり一歩一歩、階段を上っていくように成長します。進むスピードに違いはあるかもしれませんが、成長には必ずプロセスがつきものです。つまり、大抵は「それほどエネルギーの良くない層」から成長をスタートします。すると、あなたが抜け出そうとしている「それほど良くない層」の住人からは、嫉妬や愚痴や批判や文句などが飛んできます。しかし、それは、あなたも今までそういう所にいたのだから仕方がありません。

さて、ここで次に進めるかどうかの試験があります。

今までいた層から、そのようなプレッシャーが来た時、それに負けて「やっぱり、次に進むのをやめよう」と思ったら、あなたは進まずに元いた層に逆戻りします。あなたはそこを、あなたが永住する住処と選んだわけです。

しかし、逆に、周囲のそのような声にめげず自身のエネルギーを磨き続けると、あなたはハッキリと住む世界が変わり、あなたの後ろ髪を引っ張るような周囲の声が一切聞こえなくなります。自分の周囲からそのような人が一切いなくなるからです。

人は自分が「仲間だ」と思える人間とつながります。自分が、嫉妬や愚痴や批判や文句を言う人間だった場合、同じ言語を使う人は仲間であり、自分に寄せられる嫉妬や愚痴や批判や文句は、「仲間からのアドバイス」ということになります。だから、あなたは耳を傾けてしまうのです。

しかし、自分がそのような言葉を使わない人間になると、そういう言葉を使う人間の声が「仲間の声」と認識されなくなるのです。「別の国の人が何か言っている?」というくらいの感覚になります。

そして暫くすれば、今度は自分の周囲に集まる人間が変わります。自分が仲間だと思える人と出会うようになるからです。その頃にはもう、当初の不安であった「こんなことを言ったら嫌われるんじゃないか?」「こんなことをしたら誤解されるんじゃないか?」と怯える自分は見当たりません。なぜなら、エネルギーのクオリティの高い人間に「嫌ったり」「誤解」する人間はいないからです。

ただ唯一、覚えていなければならないことは、エネルギーのクオリティの高い人間も自分と同じ層の人としか仲間にはなれないことを十分に知っています。この人達から見て、あなたのエネルギーとあまりに差があったら、あなたのことを嫌ったり誤解するのではなく「関わりのない人間」として認識し、それなりの対応で済ますことになります。つまり、層が違う人同士は、どうやっても距離が離れてしまうということです。

◆理屈では八方塞がりの状態にエネルギーは新たな展開を生む

あなたが人生において「もう自分ではどうにも解決できない」と思った時、エネルギーの話を思い出してください。あなたの理屈だけでなく、一人の人間が持っている理屈は万全ではありません。自分の脳が知っている理屈や経験など、世界の一部でしかありません。それは私も同様です。だから、私は、自分を頼りにしているのではなく、常にエネルギーに沿って生きるよう常に心掛けています。

あなたが自分のエネルギーに意識を注ぎだした時、あなたのエネルギーに変化は起こり、そして、あなたに今までにない人生を起こします。それらはあなたの理屈を超えたところで起こり、想像できないことが起こります。

それらの仕組みやエネルギーの理論を、私は幸運にも全て知るという数奇な運命に導かれました。これは、先ほど言ったように私の人生が私にだけ準備した出来事かもしれません。ただ、それを活用しているだけであり、それは、話を聞く気のある人であれば、誰にでも活用できる技術なのです。

私ね、相手によって見せる面が違うんです。これは、キャパシティの大きな人間にとってはどうしようもない「現象」なんですね。私の周囲にいる一部の巨大な人達も、同じ感覚なので「皆、そうなのだなぁ」と分かるんです。

例えば、巨大なタイタニック号を間近で見た時、最初は一体これがなんなのか分からないかもしれません。「クジラ?」「ミサイル?」「夜になった?」「幻覚か?」、そんなことを考えながら、タイタニック号が目の前を通り過ぎて、少し遠のいた時に、やっと「ああ、でかい船だったんだ!」とわかる・・・そういうことは、実際にあります。

つまり、自分が小人だった時、大きな人物に出会っても、自分の視点からは一部しか(理解できる部分しか)見えないようにできているわけです。

人間というのは、一面ではなく「多面体」なんですね。どの角度で光が差し込むかによって、見える部分が変わるわけだね。それは、あなただって同じことなんです。ただ、あなたがいくつの面を使っているかはわかりませんので、せっかく多面体でも一面しか使っていなかったら、その面しか他人には見えないんですね。「あの子って、いつもああよね」なんて言われてしまうわけです。

私の場合、エネルギーの話をするときに、最高にエネルギーが発揮されます。さらに、エネルギーの初心者ではなく、すでに「エネルギーありき」の世界で生きている人と会うと、私の中心核は大きな輝きを放つんですね。相手のエネルギーが大きければ、深い話がゴロゴロ出てきます。それは、相手がそういう人だから見せられる面なのです。

かたや、イメージとして「近所のおばちゃん」と道端で出会ったとします。そのおばちゃんにしてみれば、「近所の若いにいちゃん」くらいにしか見られてないかもしれませんね。その場合、私は「近所の若いにいちゃん」」の面しか見せません。そのおばちゃんにとって、私は一生、近所のにいちゃんです。お互いさまかもしれませんがね。

それ以外にも、喫茶店で出会う店員、電車内で居合わせる人、誰かのセミナーで出会う人、スーパーですれ違う客、誰かの紹介で「こんにちは」と挨拶だけする人。人の出会いには様々な「角度」があるということです。そして、その角度によって、見せられる面は自動的に変わるわけです。

私のエネルギーの講座に申し込んでくる方がおられますが、中には、私と一度も会ったことも直に話を聞いたことがないのに申し込んでくる方がいるんですね。そういう人に対して、私は「やるな」って思うんです。良く見抜いたなって思う。だから、そういう人は、私の凄い引き出しを開いたりします。

私は、エネルギーの様々な法則を知っています。それらは、身体、精神、人生、ビジネス、お金、人間関係など様々なことをマルチに解決する知識です。しかし「そんな職業はないから」という理由で、「整体師」という肩書きを現代社会に合わせてタテマエとして用いています。エネルギーというものに対してまだコモンセンス(共通感覚)がない時代だから仕方がありません。

相手がお年寄りなんかになると「エネルギーとは」なんて説明は殆どしません。分からないからです。しかし、気づく人は気づくもので、不思議なことに「90歳以上の人」は、どういうわけか私が体のエネルギーを動かしていることに勘付いたりします。これは、人間の生命力がなせる技です。やはり、長寿の人は敏感なんですね。

「人を見抜く能力」はかなり人生を変えるのです。私はフェイスブックもしていますが、フェイスブック繋がりで、たまに私の投稿を見て、個人的に質問してくる人もいます。「先生、これに対してはどう思いますか?」って(そういうシーンは、表には出ませんね)。その時に、私は、相手の「勢い」を見ています(感じています)。凄い勢いできたら、それに見合う凄い回答をします。軽いノリできたら、軽い回答しか出なかったり、無視します。これは「現象」なんです。

自分が大きく叩くから、向こうからも大きく返ってくる。私は、非常に物理法則、つまり自然を尊重していて、それに従った動きをついしてしまうんです。それらの法則に施術でも、人生でもとてもお世話になっているからですね。相手が軽くつついてきた時に、相手以上に必死になって対応することは、ありません。できないんです。不自然は、のちにどこかに「ひずみ」を生むことを知っているからそれに反することもしません。

さて、あなたが、周囲のエネルギーに対して、ガツンと働きかけたら、エネルギーからも大きな反動が来ます。私は、エネルギーの講座を過去に何度もしていますが、その場において「思い切った話」をすることがあります。これを話すと一体、何が起きるのか想像がつかない・・・というでかい話ですね。

過去に最もそんなでかい状況を生んだのは、もちろん、エネルギーの話を初めて公開した講演会でした。その時の、反動たるや凄まじく、私は、話し終えた後、体が電気に打たれたようになり、ガタガタと震え、汗だくで微熱が出て、一晩中うなされました。しかし、それが「辛い」とは思わなかった。ただ、その時の反動が、それから数年経っても、未だに私の人生に影響を与え続けています。その時、会場にいた人たちの受け止め方も、そりゃ凄かったと思います。もちろん、そういう機会はこれからもあるでしょうがね。

ビリヤードの玉のように、人間ってのは、どういう角度で出会うのかによって、その行き先は違うんです。素晴らしい出会いをする時というのは、自分のエネルギーが非常に良い状態の時と相場が決まっています。

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またいずれ改めて私のプロフィール詳細を書こうと思いますが、私が整体師にデビューした時は、そりゃもう先輩から怒られまくってました。「怒られる的になる人」っているでしょ?おとなしく素直に言うことを聞く人に多いのですが、僕はまさにそれに該当したんですね。

毎日、毎日、怒られる。しかも殆どが「理不尽な説教」なんですよ。半年間怒られ続けました。
ストレスで胃が痛くなって、心底、職場に行きたくないと思う。いま現在、そういう状況にある人がいるかもしれませんが、私もまさにそれを体験したことがあります。
 
私なんて、整体師にデビューしてから、最初の半年間なんて、お客さんが全くつかなかったんですよ。誰にも指名されませんしね(笑)施術した人が施術終了後に全員「もう来ません」って言うんですから、そりゃ怒られますね。
  
・・・で、どうしたか?
 
ある日のことでした。怒られて、怒られて、本当にね、怒られ疲れたんです。それで、もう、怒られることに対して「悔しい」とか「悲しい」とか「負けるか」とか、いちいちリアクションを取ることが面倒くさくなったんですよ(笑)・・・なんか飽きたんです、その状況に。
 
それである日、いつものように怒られている時に「相手の怒りの感情は無視して、言っていることをただただ素直に聞こう」と思ったんですね。すると、先輩が怒ってきて、いつもなら残念な表情で話を聞くのですがそれをやめて「ああ、なるほど、分かりました」って聞いたんです。すると、先輩は、「あ、ああ・・・まあ、わかりゃいいんだよ」って、その日以来、怒らなくなりました。
 
 怒られなくなると施術にようやく集中できるようになり、怒られなくなった次の日から、患者さんに毎日指名されるようになりました。その変化は、2つ同時にバシっと起こりました。あまりにくっきりと線を引いたように状況が変わったので、非常によく覚えています。
 
私はその時、「うまい怒られ方」ってのを覚えたのでした。

みんな頑張ってるのは分かるんですよ。当時の私も頑張ってました。怒られたら、また頑張るでしょ。そしたらさらに「私だって頑張ってるんでよ!」って言いたくなるのね。

でもね、一番最初にやることは、一回、自分が「折れる」ことなんですよ。
私はそれ以来、新しいことを学ぶ時にいつもそうしますが、「自分も多少できるぞ」みたいな変な自信を学びの場に持っていかない。そんなちっぽけな自信は、パキっと折った状態で臨むんです。若い頃にそれを経験上、身につけておいて本当に良かったと思います。

例えば、何か新しい学びの場に行くとしますでしょ。で、その場に居合わせる他の人たちもいる。で、新しい話がなされるときにね、「なるほど、なるほど」って聞いている人は正解です。中にね、必ず「はいはい、そうですよね!」・・・っていう返事をする人がいるんですけど、「あ、この人、聞けてないな」って思います。自分は分かってるってことを「言いたい」だけなんです。

人間は「吸収」と「排泄」は同時にはできない。だから「聞く」ことと「言う」ことは同時にはできないんです。「聞くべき時に言っちゃってる」わけなんです。

人間ってね、「人の話を聞けなくなったら終わり」です。僕はね、年寄りをたくさん施術してきたから、それがはっきりと分かる。人生が終わるわけじゃないですが「成長」が終わるんです。

冒頭に載せた写真は、ケミカルライトです。
パキっと折ると、光が灯ります。それと同じ原理で、最初に折れないと本当には光りません。
 
怒られた時にね。「ちくしょー」「悔しい」「ちっ」「けっ」「むかつくなー」「なんだよあいつ偉そうに」「ああーー」「きーー」・・・これらのことを言ってる内は、飛躍的成長は無理です。

年をとるとなかなか折れられなくなるかもしれません。だから若い人は、早いうちに折れといた方がいい。それがね「自分が受け取る学びに対する敬意」なんです。相手に頭下げているようで、深いところではそうではないんです。「自分の人生が自分にもたらしてくれる学びに対して、敬意を払う」ことになるんですね。

「怒られ上手な人」
「怒られることの本質を理解している人」
僕は正直、ほとんど出会ったことがありません。

怒ることって、実は相当な「親切」なんです。怒るのはエネルギーがいります。私も見込みのある人には試しに怒ったりします。だけど、なかなか折れられないですね。たった一回の怒りでグラグラと揺らぎ、折れられもせずせいぜい凹む程度です。

「凄いチャンスなんだよ」って心の中で思っています。昔、「誰もが福井先生のようにはいかないんですからね!」って言われたことあります(笑)「それは違う」って思う。自分が23歳の頃に体験したから折れることの良さを知ってるんです。


最近、私を訪ねて来られる方に言うんですけどね、私、施術業、もう上がってるんですよ。

施術って言っても色んな種類があるよね、色んな技術がある。

だから施術家の多くは、「施術は深いし一生修行」って思うかもしれませんけど、施術家のやるべき範囲は、実は既に「社会的期待値」によって決まってますよ。

社会的期待値によって決まっているというのは、お客さんの視点や社会の視点からして、施術業者に期待することや任せたい仕事や、求めるものというは、これはもう決まってるんです。そういう限られた範囲がある。

もちろん、それ以上、とことん掘り下げたっていいですよ。僕も異常な深さまでとことん掘って、突き抜けましたけどね、その経験から言うと、ある程度の以上の深い話は、まあ自分の趣味の範囲と思っていた方がちょうどいい。たまに深すぎて自分が言うことが分かってもらえなくなる人いますけど、「わかるわけねーだろ」ってのが世間の声ですよ。

さて、今日は久しぶりに「整体師になりたい」・・・って、思った当時の僕の目線で話をしようと思うんですけど、いまこういう仕事やりたい人います?整体師、施術家やりたい人。

人の体を改善して、どこに行っても取れないような痛みが魔法のように取れるようになって、お客さんに感謝されて「いえいえ、自分が良くしたわけじゃなくて、皆さんの体が良くなるようにできてるんですよ」って、謙遜できるような仕事ですね。

「整体師になりたい」って思った頃の僕は、当然「どうやれば整体師になれるのか」すら分かりませんでしたよ。この世界を全く知らなかった。身体の知識ももちろんゼロだしね。

今の僕は、真逆で、「この業種について知らないことはない」んですよ。新卒の頃から他人の3倍仕事してきましたからね。誰かがそうやって体を張って切り開いていくと、後の人が楽でしょ?人の身体の仕組み、どこまで良くできるか、施術業の社会的位置付け。お店の開業の仕方、自分が見るべき患者さんとどのように出会うか、施術業の現状、ビジネスとしてのあり方。

例えば、あなたの周囲では「整体院、増えたね」って言われているかもしれませんね。リラクゼーション、マッサージ屋さんも増えたねって言われてますね。でも、私から見れば全然足りないですよ。手が足りない。私、全国で診てますでしょ?見切れないですもん。それが現状です。

「整体師は、どんな人が向くか?」って、当然、「人間が好き」であることですよ。人が苦手な人は、合わないですよね。人が好きであるには、まず「自分のことが好き」じゃないと無理ですね。私のこと知っている人は「この人、自分のこと好きだな〜」って思うと思いますよ。

だって、そうじゃないと良い施術ができないこと知ってるからですね。「必要だから」そうなる。それがプロでしょ?


こんなGWの真っ只中に当ブログをご覧の皆様・・・

さてはファンですね(笑)


いま電車の中でお気に入りのMac Bookでブログを書いてます。


あら・・・



目的地に着いてしまったので、また書きます

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