誰かのサポートや、社会貢献をしたいなら、自分のエネルギーを磨くべきであり、本質的にはそれ以外にやることは、ありません。
 
エネルギーというのは、例えるなら「その人の空気」であり「雰囲気」です。雰囲気を変えようと、服装や髪形を変えたり、新たな学業に励む気持ちも分かりますが、実際は、エネルギーそのものを磨くことに取り組まなければ、根本的には変わりません。飾りはすぐに崩れてしまいます。
 
エネルギーに通じる概念としては、形而上学やヨガがそれに当たると考えられます。
 
自分の人生の出来事というのは、自分が動くことで、自分のエネルギーが動き、それが外部のエネルギーとの摩擦を生み、それによって起こる現象です。
 
ですので、自分のエネルギーが変わらなければ、どれだけ動いても足元は進みません。同じ現象が形を変えてグルグルと回ります。輪廻というのは、死んでからの話ではなくて、生きながらに起きている現象です。その時、その時にいつも試されています。
 
では、どうすれば自分のエネルギーは根本的に変わるのか?というのが大切な話です。
 
それには、実に「唯一つの方法」しかありません。
よくある誤解ですが、パワースポットなどのエネルギーの高い場所に行っても変わりません。大自然のど真ん中に行っても変わりません。筋トレをしても、知識を身につけても、あらゆる刺激を受けても、変化を望む気持ちは分かりますが本当のところは変わりません。
 
唯一の方法は、「エネルギーのある人間と出会うこと」です。
 
エネルギーがある人間というのは、元気な人とか、力持ちとか、パワフルな人とか、気持ちの強い人といった「強者」ではありません。ましてや、勝気で威嚇的な人間でもありません。エネルギーのある人間がどんな人間であるかは、エネルギーのある人間と出会えた時にしか分かりません。
 
しかし、大きなエネルギーに出会おうと思うと、心の奥から渇望しなければ出会うことはありません。出会うチャンスはあるかもしれませんが、渇望がなく出会ったとしても、大きなエネルギーの人間がその人にエネルギーを明かすことはありません。だから、エネルギーを追求していなければ、エネルギーの大きな人間に会うことはありません。
 
エネルギーと言うのは、ともすれば見えません。
本当は「ある」が正解ですが、別に「そんなものはない」と言ったって構いません。エネルギーを教えている人間が、エネルギーが無いと言っても良いというのも変な話ですが、事実「ない」と言う世界に重心を置いて、生きることが正解の人もいるんです。「私達は、宇宙に生きているのか、地球に生きているのか」という問いのようなもので、そんな論争をしても仕方がありません。
 
SFのような話ですが、大胆な言い方をすると、
この世界は2つあります。
そして、眺めている限り2種類の人間がいる。
 
まず、一つ目の世界は、目に見える物質の世界であり、そこでは、物質というステージで生きるべき人達が、目に見えるものを動かして「生(せい)」を成り立たせています。この人達は、見えないエネルギーを無視して生きていても、人生の関門は開いていきます。
 
二つ目の世界は、エネルギーという世界で、そこには、エネルギーに重点を置いて生きるべき人達がいて、この人達は、エネルギーを動かすことで人生が動きます。目に見えるものを直接動かすことで生を成り立たせようとしても、うまくいきません。
 
この2つの世界は重なっているため、両者ともに両方の世界とも関わっています。問題は、「自分の人生がどちらのステージに重心を置いて運ばれているか」です。それによって、目に見えるものを動かすべきか、エネルギーを動かすべきかと言う「特性」が分かれます。
 
こういう概念を知らない場合、実は世界は2つあるということも知る由もなく、いま自分がどちらのステージに立っているかなど考えることもなく、「なんか変だぞ」「なんか合わないぞ」という混乱に遭遇し、その混乱を乗り切る答えを得ることもできません。エネルギーに生きる人間が、物質社会のノウハウに手を伸ばした所で、歯車が噛み合わないからです。実際に、こういう混乱に遭遇した人を、僕は何度も診たことがあります。
 
観察、経験上、大きくは2種類の人間(生き方)があるのですが、時に、ステージが入れ替わる人もいます。この「入れ替わる」という現象は、「本来、起きてはいけないシステムエラー的な現象ではないか」と僕は思っています。なぜなら、一人の人間の生に置いて、入れ替わりまで起きるのは、かなり酷だからです。
 
余談ですが、「物質的に生きている人間が、エネルギーを垣間見ること」は、成長の上で適正な水のやり方のように思います。しかし、完璧に入れ替わるのは、千仭の谷から突き落とすがごとくで、いかがなものかと思います。
 
さて、いま頑張らなきゃいけないのは、エネルギー側の人間です。
一先ずここで一息。