先日、世界が2つあることについて書きました。一つ目は物質の世界で、2つ目はエネルギーの世界です。物質とエネルギーは繋がっているので、どちらに重心を置いていても、お互いの世界を理解することは、「理解した者」の世界を広げることに繋がります。
 
自身のエネルギーを根本的に変えるには、エネルギーのある人間と出会うことしかありませんと言いました。ただ、一応お断りしておきますと、だからといって「私はエネルギーがある人間です」と言っているわけではありませんので、誤解なさらないでください。
 
私が出会った「エネルギーのある人間」に比べたら、私は、その人のエネルギーの「小指の爪の先っぽ」にも及びません。これは大げさな話ではなく、事実そうなのです。皆さんの中には「自分は全く持ってない」と思う人もいるのかもしれませんが、私は皆さんと一緒です。しかし、一つ違うとしたら「一緒」というものの考え方が違うのだと思います。それについて記させて頂きます。
 
前回、「大きなエネルギーに出会おうと思うなら、心の奥から渇望しなければ出会うことはありません」と書きました。しかし、どうしてこの人は、心の奥から渇望ができるのでしょう?それは、「自分にはエネルギーが全然ない。もしくは小さいということを知っている」から渇望が自然と起こります。心の奥からの渇望は、必ず大きなエネルギーの人間を引き寄せます。これは「必ず」なのです。
 
そして、ついに大きなエネルギーの人間に出会った時、当然、圧倒されます。私は、この人の小指の爪の先っぽほどもエネルギーがないと思え、そして、そういう人に出会えたことに心から喜びます。
 
もちろん、私はその人からエネルギーをもらうわけですが、エネルギーと言うのはどのように伝達されるのかという一例を述べます。
 
まず、私は、自分にはエネルギーが無いことを知っていて、大きなエネルギーの人に出会い、その人の「小指の爪の先っぽ」ほどのエネルギーもないことを痛感します。しかし、私が向き合っている大きなエネルギーは、自然ではなく、パワースポットでもなく、人間です。ということは、持てるエネルギーの量は、その人も私も「一緒」なのです。
 
ここからが重要です。
 
「その人の小指の爪の先っぽほども、自分のエネルギーは及ばないと感じた」、「その人と私は、一緒である」と感じたということは、「自分は、いま、自分の持っているエネルギーの、たかだか小指の爪の先っぽほどのエネルギーも発揮していない」と、その人によって気付かされます。その瞬間に、自分というものの認識が、足元から一気にグルンとひっくり返ります。
 
私が今までやってきたこと、私が必死で努力してきたこと、私がここまで頑張ったこと、私が全力だと思った事、今ここにいる私は、「全て、小指の爪の先っぽほどのエネルギーも使わずにやっていたのか」という事実に衝撃を受けます。しかし、心の奥から「自分にはエネルギーが無い」と思っていなければ、上記の一連の流れは絶対に起こりません。
 
これが、私が「自分はエネルギーが無い」と言いきれる理由ですし、真理です。「私は、エネルギーがあります」「人よりちょっとは、エネルギー高いと思います」「僕のエネルギーの高さを、誰かに認めてほしい」と言う人が、エネルギーがあるということは、エネルギーの世界では絶対に起こりません。